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フィクションで語られるストーリーを、現実の描写とあわせて連載する。『マルク・シャガール』の絵が連想させる、親しみやすさや、素朴さや、純真さ。それらを彼が晩年に得意とした作風、「夢と現実のコラボレーション」とイメージを重ねる。写ガールから創られる、群馬の美少女とクリエイターのストーリー。

cinema


人生が編集できないのなら、
撮っていくしかないじゃないか。



 「将来の夢!」と25歳のわたしが真顔で口にしようものなら、「なに言ってんの?」と鼻で笑うヤツは大勢いるだろう。幼い頃から脳内シアターで上映中の妄想映画「将来」、もちろんメガホンをとるのはこのわたし。そう、なにも考えずに夢を口にできたあの頃から、酸いも甘いも噛み分けた今でさえ、わたしの「将来の夢!」は映画監督である。でも、現実はこうだ。「映画監督になる!」と高らかに宣言し、高校卒業と同時に上京。それからの3年間は新宿から急行で30分程の場所にある映画専門学校に通っていた。しかし、そこを卒業と同時に高崎へ戻り、今は郊外のシネマ・コンプレックスにて労働に勤しむ毎日だ。「新作映画を初日に見られる」という小さな優越感を胸に抱きながら生きている。そんなことを言ったら同情するヤツはもっと増えるだろうか。



 夢。違う。もうちょっと確実なもの。触れることはできないけれど、眺めることができるもの。青春というメインディッシュを食べ終え人生の機が熟すその時、満を持して最後に運ばれてくるデザート、そんな感じ。わたしの中ではデザートのないフルコースなど存在しない。夢も同じ。叶わないワケがない。
 寝ても覚めても「映画を撮りたい」と思い始めたのは小学生の頃だと思う。共働きで多忙な両親の代わりにわたしの相手をしてくれたのは、大量のビデオテープとレーザーディスクだった。昨日は非情なイタリアのマフィアに震え上がり、今日はたった1人でマヌケな泥棒に立ち向かうマコーレー・カルキンに共感と勇気をもらう。明日は乾びた宇宙人と子供の交流を描いたSF映画に感動し、明後日は膨れ上がった腹部を喰い千切る未知の生物に怯える。
 今思えば、あの頃はまだ「孤独」を知らなかった。外が暗くなっていることにも気がつかず、分厚いブラウン管テレビで食い入るように映画を見ていた。映画とわたしの蜜月は常に飽和状態であり、孤独が入り込む余地などはどこにもなかった。同じ境遇の鍵っ子たちが「ママがいない」「ひとりで寂しい」と文句を言う意味がわからなかった。だったらみんなも映画を見ればいいのに。



 両親はわたしが映画に夢中になっていることを知ると、中央銀座にあったオリオンやスカラ座といった映画館へ連れて行ってくれるようになった。けれど、わたしが覚えている限りでは、家族水入らずで映画に行ったことはない。いつも父か母どちらかの掌を右手で握り、左手でその日見た映画のパンフレットを握っていた。



 映画に対する偏愛は歳を重ねれば重ねるほど酷くなった。どうしようもない感情に振り回される雑多な日常から離れ、映画を見ること、それだけがわたしを幸せにしてくれた。現実の世界では薄っぺらく頼りない希望も、映画の中には存在する。その時、虚構は現実を超越し、生々しい肌触りまで感じることができた。それは息を飲むほどの感動と希望だ。だから、わたしもその「希望」が存在する映画を撮りたい。どこかで暮らす、希望を必要としているひとのために。



 わたしが映画に救われたように、わたしも誰かを救いたい。それが映画に対する恩返しだ。
 高校卒業と同時に勢いだけで飛び込んだ世界は泥臭く、理不尽だらけの楽園だった。話には聞いていたので覚悟はしていたが、映画の現場はとんでもなくハードだ。事実は小説よりも奇なり。助監督に指名された日には、人間としての尊厳を己に問い直したくなるような扱いを受ける。文句はもちろん、意見さえも許されない。一心不乱に、ただただ「作品」と「監督」と「現場」のことを考えて過ごす。この、ある意味では幸福な日々のお陰で、わたしは否応なく図太い神経の人間になることができた。アルバイト先で上司や正社員に理不尽なことを言われても、気にならないのはそのためだ。無茶苦茶さと理不尽さにおいては、映画関係者のほうがよっぽどたちが悪い。しかも揃いも揃って口が悪く遠慮がない。天才とは、そういうものかもしれないけど。



 その中で一人だけ「気の合う」人間に出逢った。課題のシナリオ発表会で「おまえの作品は暗いんだよ。まずその性格を直せ」と公開処刑の如く、生意気なわたしを容赦無く吊るし上げた上野さんだ。その言葉に苛立ちを隠さないわたしの反抗的な視線に気づいたのか、静まり返る教室で徹底的に論破された。「鬼かこいつは」と何度舌打ちをしたかわからない。しかし、その歯に衣を着せぬ的確な批評は、シナリオコンクールで審査員を勤めるほど関係者たちから信頼されている。
 その後も上野さんとだけは事有るごとに衝突した。とくに卒業制作は、お互いの血で血を洗う戦いだった。今思えば、上野さんの指摘はもっともだと思えるが、血気盛んな20代前半のわたしはまったくと言うほど聞く耳を持たなかった。だが、上野さんは頑固で融通の利かないわたしを決して見捨てなかった。休む連絡を入れるのも忘れ、インフルエンザで死んだように寝ていた日も「どうした、調子悪いのか?」と心配して携帯に連絡をくれる。自分の撮影現場を見学させてくれたり、打ち上げで秘密のバーに連れて行って貰ったりもした。
 「才能がありそうだからこんなに熱心に見るんだからな。おまえ、有名になったら俺を使えよ」と上野さんは左手で器用に赤ペンを回しながら笑った。その情景は何度も脳内映写機によって瞼の裏で再生されている。



 でも上野さん、現実はそんなに甘くないみたい。どうしたって映画のようにはいかない。「それだけはうまいな」と上野さんに誉められた編集技術を持ってしても、この現実だけはどうしようもできない。映画業界への就職活動をはじめようとした頃、わたしの高校卒業を待って離婚した母に「帰ってきて欲しい」と言われ、帰省する度に老いていく母を思い戻ってきてはみたものの、機材も無ければ、人脈もなく、資金さえない。こんな出来損ないのわたしにピッタリの職業と言えば、未練がましく映画の傍らに寄り添う職業しかない。と言ったら支配人に怒られた。もっともだ。



「どうせ暇してるんだろ? ちょっと下見で高崎に行くから付き合え」と上野さんから連絡を受けたのは、下見に来る前日である。そういった上野さん独特の傍若無人さにしばらく触れていなかったせいなのか、猛烈に腹立たしい。仕事があると言っても、どうせ「来い」と言い張るだろう。明日、下見に付き合えば助監督的扱いを受けるのは火を見るよりも明らかだったが、久しぶりに映画の話ができる人に会えるのは純粋に嬉しかった。なによりも「あの頃」を懐かしむ気持ちで心が満たされ、自然と頬が緩んでいる。わたしは早速シフトを変更するため、職場へ電話をかけた。
 翌日、よく晴れた風の無い午後、西口のローソンの前で待つ上野さんをピックアップする。車内に乗り込むと挨拶もそこそこに行先を告げられ、わたしは黙って安中方面へと向かってハンドルを切った。卒業してから4年以上経つにも関わらず、上野さんとわたしの関係性は何も変わっていない。
「今日は仕事休みだったのか?」
「上野さんのために休んだんですよ」
「いい心掛けだ」
 当然。まだまだわたしだって『映画>生活』なんです。



「俺は事実婚派だ」と酔う度に言ってくる上野さんは、年齢の割に服のセンスが良く小奇麗な印象を与える。ジョン・レノンを意識している丸眼鏡の奥には強い信念を伺わせる瞳が覗き、視線を合わせる度にずっと深い部分まで見透かされているような気分になる。原作の雰囲気を壊すことなく映画のシナリオへ落とし込む彼の技術には定評があり、業界内ではちょっとした有名人だった。だがこうして助手席に座る上野さんは、ちょっとオシャレな中年オヤジにしか見えない。しかし「ちょいワル」なのは外見ではなく性格なので、ネルシャツの胸ポケットから煙草を取り出し遠慮せず火をつけ、「お前の作品が暗い理由は、地元にあるんだってことがよくわかった」と失礼極まりないことを平気で言ってのける。それも笑って。久々に聞いた笑い声の方へ思わず視線を移すと、目尻の皺はあの頃よりも深く刻まれていた。



「すいません、禁煙なんですけど」
「お前も吸ってたじゃないか」
「止めました」
「なんだ、変わったな。地元に帰るとそうも変わるかね」
「そっちは相変わらずですね」
「そうか? 俺だって変わったことぐらいあるよ。もしかして、もうシナリオも書いてないのか?」
「書いてますよ、1年に1作ぐらい。城戸賞目指してるんで。最終まで残ったらお願いしますよ。で、その後は上野さんの力で映画化してください」
「それは無理だって、お前も知ってるだろ。不景気なんだよ。そんなに簡単に映画化できるかっていうの」
「城戸賞から映画化して大ヒット。そんな夢見たっていいじゃないですか」
「寝てる時にな」
 わたしの身体は上野さんの言葉によって容赦なく真っ二つになり、声の無い悲鳴を上げて血を流している。あの頃はこれぐらいのこと、もっと酷い言葉だって毎日嫌というほど聞いていたのに。胸と背中が痛い。頭蓋骨が割れてしまいそうなほど軋んでいるのがわかる。逃げ癖がついた真実に押し潰されてしまいそうだ。これはわたしの虚勢なのかな? 歯を食いしばる。ハンドルを握る手に自然と力が入る。悔しかった。わたしは分が許せない。ほんとうに、許せない。
 ここから上野さんの表情を確認することはできないが、怒っているような気がした。「なにやってんだよ!」と、聞き慣れた怒鳴り声が聞こえてくる気がした。あの頃は叱られることばかりだった。緊張の余り嘔吐したことは1度ではない。突然張り詰めていた糸が切れ、それっきり学校へ来なくなった同期もいた。辛かった。悔しかった。でも楽しかった。そして、無視されるよりはずっとよかった。 「お前いくつだっけ?」
「25です」
「ギリギリだな」
「わかってます」
「これで30までやってたら誉めてやるよ。そしたら諦めもつくだろ」
「だったら、誉めるついでに映画化してくださいよ」
「いいよ。俺の持ちうるすべてのコネを使ってお前の映画を撮ってやるよ」
 上野さんは笑った。わたしは何も言い返せなかった。本気なのか、この場限りのものなのか、わからない。ただ、わたしにはまだシナリオを書ける力があり、映画を撮ることができる可能性があった。分厚い埃をかぶった時計の針がゆっくりと動き出す。



「お、いい感じだ」
 助手席の窓から亜鉛を作る工場が見える。山の側面は無数の鉄パイプで覆われ、わたしが生涯の友とする映画『青緑色のスキミーズ』の冒頭シーンのように、いくつかの長細い煙突から薄く青紫色の煙が流れ出ている。シネマテークではじめてあの映画を見た時の衝撃を鮮明に思い出した。
 狼煙だ。そう思った瞬間、煙はラスト・シーンで大勢の観客を魅了した青緑色に変化した。開戦。わたしがどれだけ映画を愛せるか、そして映画に愛してもらえるか。工場を窓越しからデジカメで撮影する上野さんを見た。わたしはアクセルを強く踏み込む。





「すみません、そこ、僕の席です」
 斜め上から攻めるような男性の声がした。 ――上野さん? 私はその声に驚き、売店で買ったパンフレットから顔を上げる。ぼんやりと発光する照明の中、初老の紳士は困ったように私を見下ろしていた。「す、すみません」私は急いで手帳の内ポケットからチケットの半券を取り出し、シートの番号と照らし合わせた。どうやら一列前に座ってしまったようだ。
 今度はきちんと番号を確認してからシートに腰を下ろす。上野さんのはずがない。彼は公開初日を待たずして仕事で海外へ立ってしまったと聞いた。試写会のチケットも送ったが連絡はなかった。もちろん会場にも現れなかった。
 私の監督処女作である映画が今日から公開される。上野さんにも「たった20数年しか生きてないのに、なにが半生だよ」などと反対されたが、私は自分の半生を映画にした。狼煙が上がったあの日から必死でシナリオを書き上げた。想像していたよりも私にはずっとなにもなかった。今はまだ「自分」のことを語ることしかできなかったので、せめて、紋切り型の自分語りで終わらせないよう、厭世的ヒロイズムに酔うことがないよう、どんなに醜い自分と対面することになっても、決して目を背けることなく対峙した。私が好きな映画監督はこう言っている。「美しい脚本に意味はない。高性能のカメラにも意味はない。『何を撮るか』を忘れていては」。



 上野さんに呼び出されて向かった先の喫茶店には、私でさえ名前を知っているプロデューサーが座っていた。私の前にもコーヒーが出されると、上野さんはぶっきらぼうに話はじめる。
「前にシナリオ渡しただろ? あれ、こいつが書いたんだ。それであのシナリオを映画にしたいんだけど」
「ああ、あれね。でもアレは映像にする必要ないと思うんだけど。小説でもいいじゃない? ちょっと四畳半過ぎちゃってうちでは作れないよ。」
 プロデューサーは淡々と続ける。やっぱりダメか。そんなにうまくいくわけない。わかっていたはずなのに、予感が現実となっただけなのに身体が熱かった。折角読んで貰ったのだから、なにか言わなければ、と口を開けようとした瞬間、上野さんが彼に向かって言った。
「こいつは絶対なにかやる女だから。頼むよ、騙されたと思ってさ」
 なに言ってんだ? 驚きのあまり顔を上げようとしたのを抑えつけられ、髪の毛をぐしゃぐしゃに撫で回された。あの時の約束を守ろうとしている上野さんに申し訳ない気持ちになる。それでも、自分勝手に溢れるばかりの感謝は涙と一緒で留まるところを知らない。





 長い撮影を終え、終わりの見えない編集作業を締め、何を喋ったらいいのかわからないままPR活動にも力を入れた。身近な友人たちが私のためにサプライズパーティを開き、母親が飛び上がる勢いで喜んでくれた。そこに、誰よりも親身になって相談にのってくれた上野さんの姿はなかった。彼とはラッシュ完成時を最後に連絡が取れなくなっていた。
「映画監督ってのは、いつだって誰よりも孤独なんだよ」
 どこのカットを切るか、切らないかと悩む私に彼はよく言っていた。
「だから耐えろ。それができなきゃ監督なんかやるな」
 たぶん、これは上野さんからの餞別だ。次に会う時は「先生と生徒」ではなく、映画を生業とする一人の映画人として対峙することになる。負けるわけにはいかないじゃないか。



 今日、私は数年前の自分がバイトをしていた映画館にいる。
 生まれた我が子が無条件で愛しいという神聖な気持ちに包まれ胸が高鳴る。特報と予告が終わり、客席へ静かに闇が舞い降りる。編集時に何度も何度も繰り返し聞いた曲が流れはじめ、背中に妙な汗を掻いた。言葉にならない感動と緊張でスクリーンに視点が定まらない。やるべきことはやった。あとは、ただもう祈るばかりです。どうかここに希望がありますように。誰かを照らすことができますように。



 そして、どこかであなたが見ていますように。

Beautiful girl pictorial book vol.5 [CINEMA]
出演:黒澤恵里
小説:HERE
撮影:GUU (TROiSDESIGN)
ヘア:榊原佐與子(re〜lounge)
撮影地:イオンシネマ高崎、DOG STYLE Cafe & Photo
衣装協力:VICKY
企画・制作:TROiSDESIGN http://www.troisdesign.jp


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■好きな映画は?
「オペラ座の怪人」
■理由は?
「ヒロインが美しかったから」
■最近ドキッとした事は?
「手作りチョコケーキをもらった!」


作家:HERE
1983年生まれ。幼少期に芥川龍之介から純文学の洗礼を受け、重度の活字中毒を患う。「日常の中に非日常を、非日常の中に日常を」とジャンルを問わず様々な本を読み漁る。1999年よりwebを中心に活動を開始。現在は一時的にwebを離れ『群馬美少女図鑑』にて小説を書き下ろしている。


LINK >>>
□HERE  http://liveat.gunmablog.net
□TROiSDESIGN  http://www.troisdesign.jp
□re〜lounge  http://relounge.jp
□VICKY  http://www.unjustes.com/vicky
□イオンシネマ高崎  http://www.aeoncinema.co.jp/takasaki/
□DOG STYLE Cafe & Photo
http://www.navirun.com/detail/index.cfm?cl_id=554&sn_no=2912


2010年2月25日発行[群馬美少女図鑑vol.5 SPRING - CINEMA(シネマ)]