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フィクションで語られるストーリーを、現実の描写とあわせて連載する。『マルク・シャガール』の絵が連想させる、親しみやすさや、素朴さや、純真さ。それらを彼が晩年に得意とした作風、「夢と現実のコラボレーション」とイメージを重ねる。写ガールから創られる、群馬の美少女とクリエイターのストーリー。

love


最初で最後の告白は、
わたしたちだけの「愛」になった



「好きなんだけど」
 火照っていた。頬も、コートの袖から少しだけはみでた指先も。23時を過ぎた駅前通りにはわたしと彼のふたりしかいない。静寂を湛えるアスファルト。終電へ向かって時を刻む秒針の音が左腕から聞こえてくる。ロータリーの方からクルマのクラクションと声を荒げる男の声が聞こえた。
 これは裏切りだろうか。つい先程までバカ笑いをしながら呑んでいたテーブル越しの「友達」が、何の前触れもなく愛の告白をする。行き場のない不快感が二人の間に漂っていた。目の前には視線を落とし「それは言わない約束だろ」と、度を過ぎたわたしの行動へ幻滅に近い感情を抱く彼がいる。「しまった」。後悔の言葉を口の中で噛み潰す。アルコールにより機能不全に陥っていた脳は、かすかな理性を頼りに次の動作を探している。苦笑交じりに発したわたしの本音に返させる答えはなく、彼の沈黙はなによりも雄弁に真実を語る。



「戦友だ」
「そう、戦友。この長い人生を生き抜くための」
 似た者同士だと気づいたのは、毎晩朝方まで途切れなく続く長電話からだった。眠気を忘れ飽きることなく話し続けた。多感な高校時代を彼と一緒に駆け抜けたと言っても過言ではない。
 わたしたちの出逢いは平凡な、誰にでも訪れる出逢いだ。たまたま同じクラスになり、たまたま席が斜め前になり、他のクラスメイト同様に社交辞令を兼ねて携帯番号を交換した。「話せるようになればいいかな」。それぐらいの軽い思い。あの頃はとにかく孤独から逃避することだけに夢中で、他になにも考えていなかった。
 周りが年齢相応の色恋沙汰に夢中になっている頃、わたしと彼は性別を意識したりすることもせず小学生のように無邪気に過ごした。美味しいパスタがあれば一緒に食べに行き(友人たちには「デートだ!」と言われた)、前橋祭りがあれば一緒に行き(そこで出会った友人に「なに、カノジョ?」と聞かれて彼が困っていた。もちろん答えは「違うよ」)、まだ完成したばかりの市役所の展望台で夜景を見ながら将来について熱く語り合ったりしていた(青春!)。
 お互いにカレシ・カノジョができると迷うことなく報告した。「おめでとう!」と祝福し、理解に苦しむ男心や悩み多き女心を相談をし、互いの相手が嫉妬したりしないように連絡を取らないよう心がけた。
「カノジョができたよ。3組のあの子。とってもいい子なんだ」
 携帯越しに嬉しさを滲ませた声で告げられる。この言葉を聞く度に少しだけ胸が痛んだ。が、それだけだった。この感情を「失恋」と呼ぶには大袈裟なような気がしたし、次の日、「おはよう」と顔を見て挨拶を交わすだけで、不思議とあたたかい気持ちになることができた。そんな自分を少しだけ誇らく思ったりもした。



 わたしたちは10代後半のありがちな数々のイベントを経験し、高校を無事に卒業した。わたしも彼も受験の荒波を乗り越えて別々の大学へ進学したが、卒業と同時に連絡が途絶えることはなく、むしろ卒業してからの方が頻繁に連絡を取り合うようになった。一人暮らしの寂しさをふたりで呑み明かすことで誤魔化したりと、ありきたりな大学生活を謳歌する毎日の中で、わたしは恋に落ちた。



 付き合うことになったのは2つ上の先輩だ。その時も高校時代と変わらず彼へ連絡をする。今まで通り「良かったじゃん! 長く付き合えるといいね」とお祝いと励ましの言葉が贈られた。舞い上がっているわたしの心情が伝わったのか、「俺も大学に慣れてきたし、そっちも楽しんで」と後押しもあった。「ありがとう」。素直に言葉を受け取り、「さっそく自慢かよ」と言われながらノロケ話に花を咲かせる。
 それはヒートアイランド真っ只中にはじまり、大学の校庭にコスモスを見かける頃には後戻りできないほど、先輩にハマっていった。大切な友人たちの誘いも断り、日課になっていた彼への近況報告もしなくなっていった。先輩を追いかけるために時間を費やす日々が続き、「これは依存だ」と気づいた頃には、先輩がいない生活は考えられないほど堕ちていた。1DKの先輩の部屋、湿ったベット上でわたしは大事なものを失った気がして泣いた。



 追ってばかりの先輩との関係に心身ともに摩耗していた。このままではダメになってしまう。わたしは連休を使ってしばらく先輩から離れようと思い、誰にも告げず帰省した。改札を抜け、西口のデッキに出る。同じ日本にいるはずなのに、高崎の空は向こうよりも高い。懐かしい街並みに、しばらく連絡を取っていない彼を思い出した。遠くに見える市役所を眺めながら暗記している彼の電話番号を押す。数回のコールのあと「もしもし」と懐かしい声が聞こえた。



「久しぶり。疲れたから帰って来ちゃった」
 驚いた声で彼が言った。
「偶然。俺も今、実家だわ」
「うそ。わたしも」
「よし、久しぶりに呑もうか」
 わたしたちはすぐに待ち合わせの時間と場所を決めた。



 夜、彼は改札でわたしを見るなり「やつれたね」と笑った。そのままいつもの居酒屋に行き、久しぶりの近況報告会がはじまる。なにも考えず、こんなに楽しく会話をしたのはいつ以来だろう。彼のバカ話に頬の筋肉が引き攣るほど笑いながら、先輩との日々と今感じているあたたかく嬉しい気持ちの温度差に泣きそうになる。
 その時だった。水滴のついたジョッキの横に置いてあった携帯電話が勢いよく震えた。小窓には先輩の名前が表示されている。彼に目をやるとタバコに火を点けようとしていたので、わたしは「ごめん」と言ってから通話ボタンを押す。
「バカじゃないの! なんで突然“別れよう”なのよ!」
「わかった、わかったからもう少し静かにしよ、落ち着こう。ひとまず」
 一方的に告げられた別れだった。携帯を持つ手に力が入る。それは右耳を押し潰すほどの力でとても痛い。別れを拒絶する一心で、なんとか喰い下がろうとするわたしをテーブル越しの彼は苦笑いで見ていた。きっと、とんでもなく惨めだったに違いない。「好きだ」とか「愛している」という感情ではなかった。先輩と過ごした1年間の努力や時間がすべて、無駄になってしまいそうで悔しかった。それに、わたしの生きる指針と化していた先輩がいなくなってしまったら、この先どうやって生きていけばいいのかわからない。



「帰りたくない。絶対に帰らない。もうやだ、死ぬ。死んでやる」
 居酒屋を出ると思わず大声で叫ぶ。暴走するわたしを見下ろす彼の表情は、看板の電光が逆光となり読み取れない。わたしの世界が停電する。先輩も、彼も、わたしも、なにもかもが嫌になり足元から崩れおちた。冷え切ったアスファルト。
「だって好きだったんだよ! こんなに想っているのに、がんばったのに、わたしのどこがいけなかったのかな」
 鼻先につねられるような痛みが走り、涙が溢れ、鼻水も出てきた。こんな姿、絶対に見られたくなかったのに。弱い上に、なんて面倒臭い女なんだ、わたしは。



「あのさ、傷ついているところ悪いんだけど、それって愛じゃないよ。おまえの気持ちの押し売りだ。そりゃ逃げたくもなる」
 直球、ど真ん中、ストレート。喉の辺りにぐっと力を入れる。言い返したくなる気持ちをぐっと押さえ、立ち上がり膝を払った。彼に信頼を置く理由のひとつに、裏表のない言葉をくれるところにある。これはわたしが彼を好きなところじゃないか。弱っている時にだけ「それは嫌だ」なんて言う、虫のいい女になりたくはない。「優しくしてよ」なんて死んでも言えない。だって彼はいつだって変りなく腹が立つほど優しい。
「いいよ、今日は。朝まで愚痴を聞くから。元気出して」
 優しくされると泣きたくなる。涙で濡れた指先で、差し出される温かい彼の掌に触れた。



 誰もいないところに行きたい。わたしは無理なのを承知で、すぐ近くのビジネスホテルに泊まろうと誘った。彼はその提案に不可解な表情をしたが、少し考えたあとで「仕方ないな」と言った。
 わたしたちは一言も話さずにホテルへと向かい、誰もいないフロントのベルを鳴らした。鎧のように隙無くスーツを着た男性が「ツインはただいま満室で御座います」と告げる。一瞬考えたが、自意識過剰かな、と思い直し、わたしはダブルの部屋を選んだ。
「すごい、大浴場があるだって。ちょっと行ってくる」と彼がいなくなった部屋で携帯電話を確認する。当然だが先輩からはメールも着信もなかった。もう一度、先輩と話がしたい。声を聞くだけでもいい。090、7・・・。覚えている携帯番号の最初の数字を押す。次の数字に指が触れると、先程の彼の言葉が脳裏を過った。わたしの愛は、愛ではない。そんなことを言われたら、もう、なにも、できないじゃないか。



 お風呂上がりの彼が買ってきたミネラルウォーターで乾杯をする。必要最低限のインテリアと静まり返った部屋に、二人の呼吸が響く。泣き腫らした瞼が熱を持ち始め、わたしに先程の勢いはなかった。身体が鉛のように重く、呑み過ぎたのか視点が定まらない。
「休む?」
「ごめんね。いい?」
「公園のベンチとか、呑み屋じゃないだけマシかな」
 靴下だけ脱ぎわたしが先にベッドに入る。やはり彼も服のままベッドに入った。暗闇から布の擦れる音と微かな呼吸が聞こえ、数センチ隣からは生温いヒトの体温が伝わってくる。嫌な気はしない。



「そういえば、あの子って大学辞めたんだっけ?」
「最後に会った時はそう言ってた。でもしばらくは東京でバイトして暮らすみたいだよ」
 彼が懐かしいクラスメイトの名前を言った。それが合図だった。わたしたちは呑み屋の続きとばかりに話しはじめる。色気の欠片もない政治の話、彼が得意とする経済の話に、将来どんなクルマに乗りたいか、といったどうでもいい話。呑み屋でもあんなに話していたのに、話題は尽きることがなかった。
 いくら友達だからと言っても、所詮は男と女だ。わたしたちはどこかで空白の時間を恐れていたのかもしれない。カーテンの隙間から光が注がれ、心地良い会話の群れはそのうちに朝を連れてきた。



「・・・朝だ」
「ほんとだ」
 髪に、唇に、皮膚に、わたしたちは部屋を出るまで触れ合うことはなかった。



「ありがとう」の気持ちを込め、彼のクルマが停めてある立体駐車場まで見送った。彼は運転席に座り、クルマのエンジンをかけると煙草に火をつけた。
「また電話するの?」
「さすがにしないよ。もう終わったことだからね。今まで通り大学生活をエンジョイする」
「一緒に帰ろうか?」
「大丈夫。もういい大人だよ」
 わたしの言葉が可笑しかったのか、彼は煙草を携帯灰皿に押しけながら笑った。
「死なないでね」
 思いもよらなかった言葉に返す言葉を失う。女友達に言われたことはあったが(恋愛をすると、とことんハマってしまいよく心配された)、男友達から言われたのは、はじめてだった。
「今日はありがと!」
 言葉を返す頃には、クルマはすでに出口に向かって坂を下っていた。



 バカだ。わたしは大バカだ。今まで無自覚に甘えていたわたしを、彼はすべて受け容れてくれていた。カノジョでもないわたしに、そこまでする義理などないはずなのに。自然と嗚咽が漏れる。喉が痛い、けど、それ以上に頭と胸が痛くて泣いた。
 自分の不甲斐無さと自分勝手さに。彼の優しさにと大人になれないわたしたちに。





 そういえば、あの日から、6年以上が経っている。



「酔ってる?」
 彼から絞り出された言葉に頷く。予想通りの返答にどこか安堵さえ覚えていた。これでいいんだ。一番身近で、一番大切な彼に甘えることはいけない。火照っていた身体もすっかり冷え切っていた。
「バレたかー。最近、お酒弱くなったんだよねー」
 軽口を叩いて、彼の肩を力強く叩く。「痛い」と笑った。それはわたしの大好きな笑顔だ。今まで何万回と繰り返されてきた“やりとり”を綺麗に、丁寧に二人でなぞる。ここで「好き」という言葉の重みを肯定してしまったら、彼はきっといなくなるだろう。それはなによりも怖いことだ。



「気が合う」だけで一緒にはいられない。「楽しい」だけで長くは続かない。今まで何度も恋愛をして、うんざりするほど学んだじゃないか。付き合ってしまったら、ゴールは結婚というシキタリに向かって突っ走るだけだ。それ以外の別れは今生の別れを意味することだってある。「友達に戻ろう」と言って別れ、どれだけの「二人」が戻れることができただろう。
 彼だけは失ってはいけない。悲鳴のようなシグナルが身体中を駆け巡る。いなくなってしまったら、それこそ、わたしは一番大事なものを失ってしまう気がするし、それは二度と取り戻すことのできないものだ。



「・・・ごめん」
 その顔に先程までの笑顔はなかった。ミスを指摘された子供のような顔をしている。こんなに幼い表情もするんだ、と不思議な感情が湧きあがってきた。
「わたしの方こそ、ごめんね」
 考える前に言葉が口を出ていた。あたたかく穏やかな気持ちだ。今までずっとうやむやにしていた事に区切りがついたような、不思議と気持ちは満たされていた。しっかりとフラれているのに、おかしな話だった。



「ねえ、変なこと言ってもいい?」
「いつも変だから」
「失礼だ」
「ごめん」
「あのさ、友達になろうよ。わたし、あなたのことを一番大事に思える友達になれると思うんだけど」
「だな。俺も、そう思う」
 こちら側に伸びる影を追って3歩ほど進み、両手を広げてそれほど背丈が変わらない彼を思い切り抱きしめた。冷え切って感覚を失った指が肩甲骨にあたる。服から皮膚へ、皮膚から細胞へ、細胞から核へ、そして記憶へ。触れる首筋と体温に浮ついた戸惑いはない。鼓動が高まることもなく、笑ってしまうぐらい冷静だ。そうか、わたしは、ずっとずっとずっと前からこの距離を探していたのかもしれない。



「これも愛かな?」
「じゃなきゃ、なんですか」
「なら、よかった」
 愛してる。声にならない声を想い、わたしたちがどんなに年を重ねてもずっと友達でいられますように。と、彼の肩越しに見上げた星空へ願い続ける。

Beautiful girl pictorial book vol.4 [LOVE]
出演:MEG
小説:HERE
撮影:GUU (TROiSDESIGN)
ヘアメイク:AKIKO(a bond)
撮影地:明るい負け組、高崎市役所21F展望台、高崎市役所前
衣装協力:peace tree
企画・制作:TROiSDESIGN http://www.troisdesign.jp


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■クリスマスの思い出は?
「毎年仕事で思い出ないです。今年こそは・・・」
■群馬のLOVEなところは?
「義理人情」


作家:HERE
1983年生まれ。幼少期に芥川龍之介から純文学の洗礼を受け、重度の活字中毒を患う。「日常の中に非日常を、非日常の中に日常を」とジャンルを問わず様々な本を読み漁る。1999年よりwebを中心に活動を開始。現在は一時的にwebを離れ『群馬美少女図鑑』にて小説を書き下ろしている。


LINK >>>
□HERE  http://liveat.gunmablog.net
□TROiSDESIGN  http://www.troisdesign.jp
□HEARTY abond  http://hearty-s.com
□peace tree  http://peacetree2009.jugem.jp


2009年11月25日発行[群馬美少女図鑑vol.4 WINTER - LOVE]