僕は彼女に惹かれ、彼女も多分、僕に惹かれてる。不思議だけどあたたかい、そんなふたりの物語のはじまり。
暇潰しに持参した数百年前の偉大な詩人の本(彼女のオススメだ)は、数ページ読み進めたところで断念してしまった。黄ばんだページを強く照らし出す光に気付き、運転席からウィンドウ越しに空を見上げる。太陽は曖昧な輪郭を保ちながら白く強い光で地面を照らしていた。僕は待ち合わせの場所である駐車場に車を停め、エンジンを切って彼女を待っている。平日の午前中ということもあり、駐車場には空車が目立ち、人通りも少なかった。しかし彼女の来る気配はない。
携帯電話で時間を確認する。待ち合わせの時間からはすでに30分以上が経過していた。僕は行き違いになっているのかもしれないと思い、何度かセンターに問い合わせたが、メールはなかった。仕方ない。僕は彼女が電話嫌いなことを承知で電話をかけた。『いつものように』コール音ばかりが鳴り続け、『いつものように』繋がる気配はない。
携帯電話を閉じる。パタン、と乾いた音が車内に響いた。降参だ。しばらくしたらなにか連絡があるだろう。僕は彼女に連絡をとることを諦め、助手席に置いた本を手に取り、しおり代わりにレシートを挟んだ箇所を開く。僕はページいっぱいに広がった主人公の狂気にも似た恋愛感情にとまどいながらも、無駄なく綴られる有機的な文章の世界へすぐに引き戻された。
僕と彼女の出会いはバイト先のCDショップだ。
「音楽ならジャンルを問わず愛しています。よろしくお願いします」
バイト初日に挨拶した通り、彼女の音楽に対する貪欲さに、音楽好きを自負する僕やアルバイトたちは舌を巻いた。彼女はジャンルを問わず玄人・素人向けすべてに精通しているし、毎月必ずカルチャー雑誌をチェックし、CDショップにレコード会社から送られてくる情報にもくまなく目を通す(僕たちは面倒なのであまり目を通さない)。たまに送られてくる新人のサンプルCDは誰よりも先に持って帰った。そして、少しでもに
なったCDは必ず買っていたので、ポイントカードが店員の中で一番早くたまっていたと思う。
それだけだったら僕たちは彼女を『音楽が生き甲斐な女の子』という認識で終わっていた。しかし彼女は単に音楽が好きというだけではなく、仕事においてはその貪欲さが独特な感性と溶け合い、不思議な力を発揮していた。玄人向けのあまり売れないCDは、彼女がPOPを作ると突然売り上げが伸びたりしたし、お客様に相談される頻度も断トツで高かった。お客様にとって彼女のやわらかい雰囲気は、とても話しかけ易いのだと思う。表情豊かに親身になってお客様の相談に乗る彼女は、まさに売れっ子といった感じで、「ああ、これがカリスマ店員なのか」と、僕らはすっかり彼女に魅せられてしまった。
はじめ僕と彼女は挨拶や業務的な会話をするぐらいで、個人的な会話はほとんどなかった。けれどある日、資料を探しに僕がバックヤードの扉を押すと、椅子に座ってカルチャー雑誌を読みながらヘッドフォンをしている休憩の彼女がいた。僕が反射的に、「お疲れ様です」と声をかけると、直ぐに「お疲れ様です」と彼女が返事をした。僕はてっきり彼女に聞こえていないだろうと思っていたので驚いた。
「なに聴いてるの?」
彼女は笑顔で、4年ぶりに新譜を出したマンチェスターのチンピラバンドの名前を言った。その名前に僕も思わず頬が緩んでしまう。僕がこうしてCDショップに就職したのは、彼らのセカンドアルバムで人生が一変してしまったからだった。“音楽に出会った”と本能が語りかけてきたあの時の衝撃は今でも忘れない。僕は同志に出会ったような気持ちで彼女に話しかけた。
「僕はそのバンドが大好きなんだけど、今回のアルバムはどう思う? デビュー当時の勢いがなくなってきたような気がして、ちょっと物足りなさを感じているんだけど」
「“This is the history”。わたしはこの兄弟がこんなに普通にかっこいいことをできるようになって素直に嬉しいよ」
彼女の第一声は、このバンドが2日間で25万人を集めた歴史的なライブで、ギタリストが叫んだ言葉だった。
「ネブワース・パークのライブだね。君もこのバンドが好き?」
「大好き! このバンドのお陰で人生が変わったと言っても過言ではないかな。と言いながらも、新譜が出る度にあのモンスターアルバムと比べては、あーだこーだ言うんだけどね」
「やっぱり。僕もあのアルバムと比べちゃうんだ。あの時の衝撃をもう一度って」
「そう! そうなんだよね。いつ聴いてもあのアルバムは奇跡なんじゃないかって思う。完璧なんて陳腐な言葉は使いたくないけど、『神様! このアルバムに出会わせてくれてありがとうございます! 完璧です!』って跪きたくなるもん」
「それでファンは新譜が出る度に、『今度こそ復活する!』と期待しては、いい意味で裏切られたりしてるよね。その繰り返し」
「そうそう! でもわたしは信じてるんだ。このバンドは色褪せないって。“ロックンロールは上等なワインみたいなものさ。年をとればとるほど味が良くなっていく”。不老不死のウルトラかっこいいギタリストが言ってたじゃない。えーと、えーと、誰だったっけ?」
「キース・リチャーズだ」
「そう! キースよ!」
その後、僕は資料を取りにきたことも忘れて、彼女の休憩時間が終わるまで互いの音楽話をして盛り上がった。彼女は話の途中で「小腹が空いた」とバッグの中からいちごポッキーを取り出し、すでに開いていた箱の中から2本取り出す。「いる?」と聞かれたが、僕は甘いものが苦手だったので断った。いちごポッキーを食べてリラックスしたのか、彼女は椅子の上に体育座りをしながら話を続けた。この日を境に僕らは顔を合わせれば音楽の話をするようになり、お互いが暇な休日は出掛けるようになった。
彼女は僕のことを『感覚が合う』と言った。彼女はソレがどういうことなのか説明はしなかったが、これは僕が思うに、いわゆる『友達』や『仲が良い』ということとは少し違う種類のものではないだろうか。僕と彼女は恋人同士でもなければ、単純に友達、といった感じでもない。ただ、彼女が隣に居るだけでとても楽しく、身体に穏やかなリズムが刻まれた。それは言葉にする必要がなかった。僕にはなぜか彼女も同じように感じているのがわかったし、彼女も僕がそう感じているのをわかっていた。
コンコン、と耳の近くで音がしてハッと我に返る。運転席のウィンドウがノックされ、「遅れてごめん」と彼女が謝りながら助手席へと回る。僕がロックを空けるとバタン、と大きな音を立てて扉が開かれ彼女が助手席へと滑り込んだ。彼女は、両手で髪を整えると僕の膝の上にある本を見つけ、「読んでくれてるんだ? どう、素敵じゃない?」と言い、澄んだ瞳をまっすぐに僕へと向けた。日差しが当たっていても外はまだ肌寒く、彼女の頬は少し赤く色づいている。「うん、面白いよ。とくに・・・」と僕が続けようとすると、彼女が自分の口元に人差し指を立てた。
「ちゃんと最後まで読んだら、詳しい感想を教えてね」
「あ、そうだね」
僕は自分の早急な性格を笑った。
「そういえばさ、あのあたりってすごい開発されたんだね」
「急にどうしたの?」
「ここに向かう途中で『タワー美術館はどこですか?』って道を聞かれてね。何度か説明したんだけど、自分でもよくわかんなくなっちゃって、一緒に行ってきたんだ。そしたらすっごい開発されてて。もう、驚いちゃった。高も生物みたいにどんどん成長していくんだね」
僕は彼女に本を渡し、車のキーをひねる。低いエンジン音と疾走感溢れる音楽が車内を包み込んだ。どこか懐かしいこのメロディを奏でるのは、「平日の午前中はこの曲でしょ!」と彼女がイチ押しするグラスゴー出身のバンドだ。彼女は僕から渡された本をパラパラとめくり、「そうそう、ここ好きなんだよね」と笑っている。
僕らは駅から離れた場所にある森林公園へ向かった。途中、彼女の提案でコンビニへ寄り、簡単なランチを選ぶ。僕は、僕と彼女が好んで飲んでいるミネラルウォーターを籠に入れた。こんなものかな。とレジへ向かいながら彼女を探す。彼女はきちんと並んだお菓子の棚の前で、気難しそうな顔をしていた。どうせいちごポッキーを探しているのだろう。僕は彼女の横に並び、一緒になって棚を見つめた。そこには妙に値の張る様々な種類のポッキーが並んでいたが、彼女の大好物であるいちごポッキーはなかった。
「いちごポッキーって人気ないのかな?」
隣にいる僕に気づいた彼女は、心底不思議そうな顔をして僕を見上げた。
「今日は持ってないの?」
彼女は常にいちごポッキーをカバンに忍ばせていた。何度か休憩中のバックヤードで口にしているのを見たことがある。彼女に言わせれば、今は『空前のいちごポッキーブーム』だそうだが、たしかその前は『前人未到の梅こんぶブーム』だったということだった。
「持ってるけど、なくなるかも知れないじゃない? 今日は公園に行くんだし、なんか良い気分になってどんどん食べちゃいそうな気がする」
「じゃあ、これにしとけば?」
チョコレートのみのスタンダードなポッキーを指差したが、彼女は僕を無視して、さっさとレジに向かって歩き出してしまった。どうやら本当に他のポッキーには興味が沸かないようだ。
公園の駐車場に到着し、適当な場所に車を停める。外は抜けるような青空が広がり、僕らは公園へと続く並木道を歩いていく。木漏れ日がアスファルトの道を美しく照らす。前を歩く彼女は時折、深呼吸をするような素振りを見せていた。それはまるで身体に新鮮な空気が染み込んでいるようだった。
公園では子供連れの家族や、年配の夫婦、そして僕らのような若者が思い思いの時間を過ごしていた。僕らは日当たりがよい場所を探し、シートを敷いて腰を下ろした。木々に囲まれるこの場所は、車やバイク音、人の話し声などの雑音がまったくしない。聞こえてくるのは鳥の鳴き声、風が木々を揺らす音だった。それはまるで非現実的な場所に紛れ込んでしまったような印象を与える。彼女は早速カバンからいちごポッキーを取り出し、一口かじった。僕はふと頭をよぎった質問を彼女に投げかける。
「どうしてそんなにいちごポッキーが好きなの?」
「どうしてって・・・。知らない? いちごポッキーってさ、いちご味じゃないんだよ」
「え?」
「映画で観たことないかな? これは、『いちご味、味』なんだって。それを知って、わたしいちごポッキーを生まれてはじめて食べたのね。そしたらなんか苦手だったいちごの味が全然しなくて『いちご味、味』が大好きになったの。ハマるんだよね、この味。しかも、その監督ね、編集にすっごい時間がかかるの。まるでウォン・カーワイみたいで素敵でしょ」
と、彼女は若手映画監督の名前を口にしながら、僕にいちごポッキーを渡した。彼女から渡されたいちごポッキーをかじると懐かしい味が口中に広がった。そう言われてみるとこの味は『いちご味』ではなく『いちごポッキー味の味』だった。
「たしかに」
彼女はいつものようにカバンからiPodを取り出し、片耳にだけイヤホンをつける。僕は彼女から差し出されたもう片方のイヤホンを受け取り、彼女と同じように片耳に装着する。僕らはいつもこうして音楽を楽しんだ。
今日の選曲は彼女だった。いつものUKロックを期待していた僕は、耳元で流れ出す音楽に思わず息を呑む。聴こえてきたのは無機質なテクノだった。計算され尽くした音たちが、製作者の意図よりも高い完成度を持って僕を圧倒する。驚きのあまり思わず「どうして」と口走った。彼女はそんな僕を見て悪戯っ子のようにニヤリ。と嬉しそうに笑う。
「自然とテクノの調和はすごいんだって。この前、夜空を見ながらこれを聞いてる時に気づいたの」
それだけ言うと彼女は、周りを見渡してからゆっくりと目を閉じる。
「寝っころがってもいい?」
彼女はそう言うと、背伸びをするようにゆっくりと後ろに倒れこんだ。途中、そのはずみで彼女の耳からイヤホンが落ちたが、彼女は気にする様子もなく横になって目を閉じている。僕は落ちたイヤホンを拾うと、空いていたもうひとつの耳に装着した。
雨垂れのような音を両耳で受け止めながら、真っ青な空へと視線を移す。太陽を身体中に浴び、少し冷たいゆるやかな風が通る度に幸せな気持ちになった。こんなに自然を意識するようになったのは、彼女と出会ってからだった。彼女は空を見上げては天気予報士のように明日の天気を気にした。よくそんな面倒なことができるな。と、そう思っていた僕も次第に空を見上げる回数が増え、天気のちょっとした変化に気づけるようになった。それは音楽の楽しみ方にも似ていた。主張するメロディラインを追うのだけではなく、その後ろで刻まれているすべての音に神経を集中させ、次の展開へと導くひとつの音を見つける。彼女はそんな風に世界や音楽を感じているのではないだろうか。
僕は小さく寝息を立てる彼女を見ながらそんなことを考えていた。僕と彼女の周りを時間が静かに過ぎ去っていく。そして僕らは寒さで目を覚ました。空を見上げるとすっかり日が落ちている。オレンジの街灯が照らし始めた芝生には僕と彼女のふたりしかいない。向こう側の歩道にジョギングしている女性がひとりだけ見えるだけだった。
「寝ちゃったね」
「そうだね」
と、まだはっきりしない頭で言葉を交わした。
「なんだか童話の中に取り残されたような気持ちね」
彼女の言葉は少し冷たい風と混じって、彼女の髪の毛を揺らし藍色の空へ流れて行く。
僕は昼間と違う道を通り駅に向かって進んだ。カーステレオからは、「夕方の音楽はこれね」と彼女に指名されたアイスランドのサウンドスケープがそっと流れている。
駅前の立体駐車場に車を停め、夕飯を食べる予定の店まで向かう。先ほどのうたた寝のせいで身体がすっかり冷え切ってしまった。今夜は僕がよく行く韓国料理屋さんにしよう。あたたかい豆腐チゲを食べて身体を温めよう。と、メインストリートからひとつ入った道を歩く。彼女は「こんなとこあるんだね」と言いながら珍しそうに左右を見回していた。この道は小料理屋や隠れ家的な居酒屋が多く、僕らのような若者にはあまり馴染みのない通りだった。
時間が止まってしまったような錯覚に襲われながら、何度目かのT字路の角に目指す1軒を見つけた。「ここだよ」と横を向くと、さっきまで僕の隣にいたはずの彼女がいない。店先の明かりが僕の影だけを長く伸ばした。やれやれ。と後ろを振り向くと、彼女がまだ明かりの点いていない店の前で僕の方を向いて立ち止まっていた。
「なにしてんの?」
僕はそう言って彼女に近づいていく。彼女は戻ってきた僕を気にすることなく、
「ねえ、これステキじゃない?」
と言って目の前の景色を指差した。
「どのあたりが?」
「このあたりが」
画家が両手を使って四角いキャンバスをつくるように、彼女は目の前の風景すべてを指先の中に納め、ひとつのシャシンを作った。彼女の白く細い指が作り出す額縁によって切り取られるシャシンは、アスファルトと野良猫が潜んでいそうな雑草が濃淡を描き、奥行きがあった。そのどこか非現実的な空気は彼女の指先の白さも手伝い、ゆっくりと現実から遠ざかっていく。「現代版『青い鳥』を撮るなら、こういう雰囲気が欲しいところだよね」
彼女は珍しく携帯電話を取りだすと、写真モードに切り替えてシャッターを押す。携帯電話からシャッターを切ったことを知らせる間の抜けた音がすると、彼女は苦虫を潰したような顔でこちらを見上げた。
「この音、なんとかならないのかな。雰囲気が台無し」
彼女はそう言いながらも、満足そうな顔で携帯電話によって切り取られたシャシンを確認している。僕はそんな彼女越しに見えるシャシンを見ながら「そうだね」とうなずく。
その数日後、彼女は僕たちの世界から忽然と消えてしまった。無遅刻・無欠勤の彼女が連絡もなしに仕事を休むというはじめての事態に、僕は心配して何度か携帯電話に連絡をいれる。しかし彼女の携帯電話の電源は切られていた。こうなってしまうと僕はお手上げだった。僕らの会話はお互いの個人的な情報を話す必要がなかった。音楽と映画と本だけを頼りに会話を続け、唯一知っているのは携帯電話の番号とメールアドレスだ。
「どこ行ったのかな」
僕は携帯電話を見ながら呟く。彼女が消えてしまった数日間、僕はスーパーやコンビニでいちごポッキーを見つける度に手に取った。『いちご味、味』のポッキーを食べながら、彼女がこれをどんな気持ちで食べていたのかを考える。彼女が公園で言っていた映画を観ようとレンタルビデオショップに足を運んだが、その映画は置いてなかった。すぐにでも探さないといけない衝動に駆られた僕は、詳しい友人に尋ねた。
「ああ、あったね。最後に主人公の女の子が死んじゃう映画だろ?」
心臓がドクンと鳴るのを抑え、平静を装ってこらえていた。
「物騒な映画だな」
「でも、ハッピーエンドなんだぜ?」
と友人は訳の解らないコメントを後に残した。
「彼女のことなら心配いらないよ」
CDショップを訪ねて来た彼女の友人は、彼女の心配をする僕に言った。
「前もあったんだよね」
新譜の棚を見ながら、なんでもないように友人は続けた。
「その時は、たしか映画の賞を貰いに東京に行ってたんだよね。いつ映画なんか撮ってるのか謎だったんだけどさ」
「彼女、映画撮ってるの?」
矢継ぎ早に聞く僕に、友人は僕の顔を正面から見て、
「ドキュメンタリーっぽいのを、撮ってるはずだよ」
と教えてくれた。そんなこと全然知らなかった。
彼女の失踪も「いつか帰ってくるだろ」と受け入れてしまうと、僕は空をよく見上げるようになった。この無愛想な高崎の空も、どこかにいる彼女と繋がっているんだろうなあ。そう考えると、僕の中にぽっかりと空いてしまった穴が埋まっていくのがわかった。僕はひとりではない。想像してごらん。とジョン・レノンも歌っている。
仕事を終え店を出ると、春へと向かう柔らかい空気に驚いた。あたたかい夜だ。僕は春の夜空へとゆっくり模様替えをする星たちを見上げた。オリオン座しか知らない僕は、以前「カシオペアも知らないの?」と、彼女に教えてもらった星座を探す。まだ少し冷たい手すりを掴んで階段を1段ずつ降りた。いつもなら混雑している目の前の交差点も、夜が遅いからなのかまったく車が通らない。時折、酔っ払った男女の笑い声が聞こえてくるぐらいだった。
「カシオペアはもう見えないでしょ」
聞き慣れた声が下の方から聞こえた。ドキンと心臓が跳ね上がり身体が痺れて動かない。驚きの余り、声すら出せなくなった。声が聞こえた方向へゆっくりと視線を動かす。僕の前に現れた彼女はライトアップされたウィンドウの光をまとい、こちらを見上げていた。足元には少し大きめの旅行カバンがあったが、服装はいつもと同じだった。彼女も僕と同じように手すりに手をかけている。右足を1段だけ階段に乗せている。
「どこ、行ってたの?」
跳ねる心臓の鼓動がうるさい。僕は彼女に向かって乾いた喉からなんとか搾り出した言葉を投げかける。彼女は何も言わずに一段一段、階段を上がってきた。それはまるでサーカスの綱渡りのように慎重だった。僕はゆっくりと近づいてくる彼女をただ見ていることしかできなかった。あと1段で僕の隣にやってくる彼女になにか気の利いた言葉のひとつでもかけられたら―――。
彼女は僕の隣でなにも言わずに微笑んだ。差し出された両手が僕の頬に優しく触れる。僕を包む掌は驚くほど冷たかった。僕は溜め息をついて春の夜空を見上げる。
Beautiful girl pictorial book vol.1 [Birthday]
出演:堀野菜摘、小野宏樹
小説:HERE
撮影:GUU (TROiSDESIGN)
ヘアメイク:AKIKO、宮原美裕(HEARTY-a bond)
撮影地:高崎公園、寿ダイニング花火
衣装協力:HEART MARKET Natura
企画・制作:TROiSDESIGN http://www.troisdesign.jp










■撮影どうだった?
「すごく楽しかったです」
■小説を読んだ感想は?
「私も音楽が好きでショップ店員というところも同じでしたので、すごく入り込めて楽しく読めました!」
■一番嬉しかったBirthdayは?
「今年の誕生日です。いろんな人からのサプライズがあって、嬉しくて嬉しくてあまりにも最高だから泣きそうになっちゃいました!」
作家:HERE
1983年生まれ。幼少期に芥川龍之介から純文学の洗礼を受け、重度の活字中毒を患う。「日常の中に非日常を、非日常の中に日常を」とジャンルを問わず様々な本を読み漁る。1999年よりwebを中心に活動を開始。現在は一時的にwebを離れ『群馬美少女図鑑』にて小説を書き下ろしている。
LINK >>>
□HERE http://liveat.gunmablog.net
□TROiSDESIGN http://www.troisdesign.jp
□HEARTY a bond http://hearty-s.com/
□HEART MARKET Natura http://www.heartmarket.co.jp/
□寿ダイニング花火 http://www.dan-b.com/hanabi/
2009年2月25日発行[群馬美少女図鑑vol.1 SPRING - Birthday]